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■2008/06/13〜15

秋山郷(魚野川)3会合同釣行

参加者:暇人協会 沖田/下田/榎本/松村/新発田(記)
宇都宮渓遊会 2 名
岩遊 6名
天気:初日雨、後晴れ

 

早朝、秋山郷最奥の集落切明に到着する。車を降りると空気がひんやり 感じる。
姿は見えないが、森の野鳥が鳴声で出向えた。今回は三会の合 同釣行である。岩遊さんのグループは土日一泊の参加で、後に来る事に なっている。我々と宇都渓さんのとりあえず計6名は早々準備を整え歩 き出した。無いと思っていた先行者だが、ゲートの奥にワゴン車が止 まってる。渓流釣り師特有の行動で、空車の様子から(野犬が異物の臭 いを嗅ぐがごとく)釣り人でないかを確かめる。即座に登山道補修の作 業員だと判断した(間違いなかろう!)その根拠は、○○建設と記され てあり地元だ。○○さんは秋山郷には実に多いお名前です。と、すると 民宿『もっきりや』の△△川さんにまた途中会えるかもしれない。そんな話をしていると上の水平道に続く急坂となりヒーヒー泣きが入った。 風もなく、良い天気になったものだ。途中、佐武流沢が本流に出合うあたりに3名が降り、適当に釣り上がる事とした。残る3名はもうしばらく登山道を歩き、ダム下部分を釣る事にした。ところで、暇人の1名、松村は会社の仕事でヘマをやり??午前中にケータイでその後始末の指
示があるとかで、車止めで居残った。

渋沢ダムの近くになると、知っての通り全身水に浸るかゴルジュと淵がある。小雨も降り出し足元から寒い。釣果も乏しくUターン、登山道に掛け戻る。直ぐにお辞儀したまま通過する腰痛泣かせの長い隧道だった。ダム直下で私と沖田はまたもや竿を出し、道草してしまう。ダムバックウォーターではすでにテン場が出来きおり、焚き火が燃えてい
た。松村もすでに一足早く着いて居り、今夜の全員は再び集合した。持ち込んだ物で食って呑んで、そうとう酔っぱらって来た。空はまだ明るかった。テン場手前の皆が見えるステージにて立ち代わり長竿を出すと、結局5〜6匹釣れてしまう。その後、9時か10頃寝たようだ。ところで夜中寒くて私は2時頃より眠られくなり、朝を迎えた。

2日目、皆口々に「寒いな〜」と云いながら起きて来た。6時には早くも下から大阪から来たと云う2人組が通過した。二日酔いの身体にカツを入れ、7時、私と松村の2名は魚野川本流の高沢めざし行く事にした。残ったメンバーは、千沢に行く者や近くを釣遊ぶ者にそれぞれ分れることとなる。
毎年この時期ここに訪れ、天候や水量によりなかなか本流の高沢方面は行けずにいた。松村にしては3年目にして始めてとなる。私も久々だ。
千沢を過ぎ廊下の中を歩くとその先も大丈夫だと確信する。次の断続的に表れる淵はまとめて左岸の高巻き道を上手に拾うことにする。踏み抜かぬ様、時々声を掛け合い無事通過した。
岩魚の描かれた小看板がある所より、竿を出し始める。テンカラの私は苦戦するが餌釣の松村はひと淵からバンバン釣り上げる。餌が無くなったと、帽子で川虫を探す有り様だ。あげくにはサンショウウオを付けたらしく食われてボロボロにされてと笑っている。原生林の中を流れる溪に立つ我々に木漏れ日が差す。時計はあっと云う間に正午を回った。竿を仕舞い先を急ぐ、松村に高沢のテン場を見せておきたかった。2時に到着。すでに今朝の大阪パーテーのテントが設営されていた。
残念ながら、これにて引き返す事とする。この先「大ゼン」は見れなかった。
帰路、左岸と右岸を間違えたり、高巻きを探したりと時間を食い、17時にやっと戻り着いた。岩遊のメンバーもとっくに合流しており美味しそうな物を食べていた。
昨夜より一段とにぎやかとなり、焚き火をかこみ酒を飲み交わした。

3日目、化繊のシラフとカバーでは寒くて寝てられず、また早く起きてしまう。朝のひととき、近くに釣りに行く者もいれば、焚き火で背中をあぶる者と誰もがのんびりモードだ。そして、簡単に朝食を済ませるとテン場を撤収。各会はそろって下山することとなる



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